めっちゃ高い自転車で京都市内をうろうろしたいなあ

2006年03月19日

BLOODYROMANCE(20)

あの火刑から300年…。

ノスフェラトゥの悪しき魂は血肉を求め、聖痕の無垢な魂は拠り所を求めた。

ヴァチカンの差し向ける追撃者達。

闇に彷回する瞑府の亡者達。

そして魂を堕した悪しき人間達…。

私の両手と…

このおぞましい牙は彼らの血に塗れている…。

赫毛の娘は、もう彷う事に疲れ果てていた。

ラ・マルセイエーズを謡ながらよろよろと重い足を引きずっていく。

70年程前、バスチーユ牢獄襲撃から始まった革命は、結局、権力の移行に過ぎなかった。

王朝の貴族達も革命の指導者達も、断頭台の露と消え、彼女は断末魔の叫びが生々しく残った暗闇の刑場で、祈りながら、泣きながら…したたる血を啜った。

そして…時折、聞こえてくる力祖国の新しく力強い歌をいつの間にか覚え、口ずさむようになっていた。

もうすぐ夜明けだ…。

ふと見上げると、光すら飲み込んで逃さないであろう、真っ黒な口を開けた洞窟が赫い瞳に映る。

その暗闇の世界では、なぜか心が休まり、冷たく固い岩に腰掛けて、疲労と憂いに満ちた瞳をゆっくりと閉じていった…。

2006年03月17日

BLOODYROMANCE(19)

「どうぞ御入りください…」

書架に収まり切れずに積みあげられた本の山。
足元には書類が散乱し、まるめられた紙くずが転がっている。

霧丸の書斎だというその部屋は、散らかってはいるが知的な印象が色濃い不思議な空間であった。

もう一つの机に置かれていたものを見てハッとした。

…日本刀だ。
黒い鞘に収められたそれは、いったい何を切り刻んできたのだろう。
鞘に収まり切れぬ刀光が不気味に輝いているようであった。

「主の刀です。手入れは私の御役目なのです」

ニコリと笑って椅子を勧めてくれる。

「懐かしい…私は貴方と同じ日本人です」

やはり…。

「私の一族は代々、刀工でして。こちらは祖父の手掛けた逸品です」

主の刀を見つめながら霧丸は語り始めた。

2006年03月16日

BLOODYROMANCE(18)

一口大に切られた鶏肉と人参、芋と玉葱がうっすらと色のついたスープに漂っている。

香ばしく焼かれたパンの傍らにはチーズが置かれ、白い皿に黄色と煉瓦色を添えていた。

ミントが浮かんだカップからは心休まる芳香が湯気となって広がり、部屋中に満ちていく。

恐る恐る…ポトフにスプーンを潜らせて、口をつける。

大地の恵みが一杯に広がって喉を通りすぎていった…。

キョロキョロとあたりを見回し、誰もいないことを再確認すると一心不乱に食事をむさぼった。

ズルズルとポトフを啜り、ムシャムシャとパンを食い千切り、ガツガツとチーズに齧り付く。

美味しい!
調理の技術もさることながら、すべての食材の味が濃厚なのだ。

そういえば…ここ暫くは仕事に忙殺されていて、食事を味わうゆとりもなかった…。

乱れた呼吸と下品な租借の音をミント茶で一段落させる。

誰もいない対面の席に別れた妻と娘の幻が見えた…。

…もう、貴方にはついていけません…

そう言い残し、娘の手を引いて妻は出て行った。

その背中を見つめながら、これからの事をぼんやり考えていた。

結局、家族を作り損なった原因は自分の事しか考えられないその思考にあったのだ。

少し寂しげに笑い、もう一度ミント茶を口にした。

すべての食器が、その役割を果たし終えた時、両手を合わせて
ごちそうさまでした…と感謝の言葉が自然にこぼれた。

それは生き抜く誓いの言葉でもあった。

扉からノックの音が3つ聞こえる。

どうぞ…と応えると「失礼いたします」と霧丸が入室してきた。

「お食事はいかがでしたでしょうか?」

大変美味しかったです…と礼を言い、こう付け加えた。

…この城はいったい…?

霧丸の黒い瞳が少し輝き、
「お知りになりたいですか?」ど、白い顔が少し傾き、ニコリと笑った。

2006年03月15日

BLOODYROMANCE(17)

重く軋んで厚い木の扉がゆっくりと開けられた。

石床を打ちつける固く、渇いた靴音が部屋に滑り込む。

その優雅な調べは、力強く鳴り響いた最後の一歩で幕となり、奏者は恭しく一礼して言った。

「わが主は其方様を客人とお認めになり、領内に於いて一日のご滞在をお許しになられました…」

ゆっくり持ち上げられた男の顔は透き通る様に白く、切れ長の目は知的で端正な顔立ちで、瞳と同じ真っ黒の長髪は後ろに束ねられており、固い尻尾のように括られていた。

身長は170センチほどか…。小柄とは感じられないのは、そのタキシードに包まれた体躯が屈強だからであろうか。

蝋人形…。

江戸川乱歩の短編小説に登場した死蝋はまさにこの様なものではないか…と不謹慎な第一印象を覚えた。

それを知ってか…

「ご気分は如何ですか?」

ニコリと笑ってみせる。

ありがとう、大丈夫です…と答え、ふわりと舞い込んできた温かく、豊かな香りにゴクリと喉を鳴らした。

「朝食のご用意をいたしました。宜しければですが…」

この男も得体の知れない化け物に違いない。

どんな代物が卓に並ぶのだろう…。

ぞくり…と背中が震えたが、うずく腹の虫に耐え切れず、いただきます…と答えてしまった。

ニコリと頷き、いつの間に手にしていたのだろう、食器が乗せられた盆をやわらかな日差しがそそぐ卓に置いた。

「申し後れました。私、この城の執事を勤めております…霧丸と申します。ご用の際はなんなりと」

一礼して退室していった執事に黙礼した後、食卓の香りを楽しみながら、…彼は日本人なのだろうか…?と思った。

2006年03月12日

BLOODYROMANCE(16)

「うわああ!」
絶叫を撒き散らし、悪夢を断ち切ろうと飛び起きた。

恐怖によって湧き出た汗がべっとりと纏わりついてくる。

しかし、ベッドの上で息を切らしているということは…。

「生きている…」

とりあえず安堵の溜め息を深く漏らし、霞んだ頭を振った。

あの黒く深い闇の森は…。

あの背後に突き刺さる艶めかしく息づいた恐怖の影は…。

そして、石塔に佇む影は…。

幻だったのだろうか?
未だ恐怖に打ち震える両手をジッと見つめた。

気絶して倒れたときに、痛めたのであろう右手首と頬には血を拭き取り、治療を施した形跡がある。

ほんの落ち着きを取り戻しつつある頭を回し、息を整えて自分の居場所を確認する。

宿泊していたホテルでないことだけは確かであった。

四角く切り出された石で作られた、その部屋には質素だが、しっかりした手織りの絨毯が敷かれ、樫で作られた調度品は控えめながら、美しい装飾が施され、如何にも堅牢で重厚な味わいがある。

開け放たれた窓からは穏やかな陽光と爽やかな風が舞い込み、草と土の香りが柔らかく、こわばった心をほぐしてくれた。

下着姿である事も忘れて、その窓に歩み寄ると、様々な緑の色に塗り分けられた田園が広がり、青い池に映りこんだ真っ白な雲が漂い、風が揺らす、その波間は生命の光を浴びてキラキラと輝いている。

なんと…心休まる長閑な景色なのだろう。

そしてここは、捜し求めていた城の一室だと確信した。
窓から見える城の一角が森で化け物に殺されたドイツ人が持っていた写真の景色に合致したからだ。

とにかく…生きている…。
じわりと涙が溢れてこぼれ落ちた。

…生きているんだ。

濃密な喜びが溢れ出て笑顔となってこぼれ落ちていく…。

しかし…重く閉ざされた木の扉を叩く3つの音に…その笑顔は凍りついた。

2006年03月11日

BLOODYROMANCE(15)

その業火は神々しい輝きと神罰の痛みを以て、二つの影を包む。

だが…カエラはなぜか、安堵の光をその瞳に宿していた。

ようやく終焉の時が来たのだ…。

ノスフェラトゥになって最初の獲物は…父だった。

母を殺した世俗に復讐するために娘を闇に堕とし、自らの血を捧げた、その怨念。

…脆弱な魂だった父は塵となって散った。
しかし、我が終焉の時は闇空と大地の境に広がる地平のように果てしないものであった。

カーマインの喉元を握りしめていた右手が焼け落ちて崩れていく…。

「さようなら…赫い髪の領主よ…」

「…さらばだ、誇り高い不死の貴族よ…」

焔が一瞬、嗤い声と共に大きく膨らみ…一つの影が崩れ落ちていった。

不死者の最後。
そこには死の苦しみも再生の喜びも無く…。

魂の一片まで焼き尽くされて、闇に呑まれていく。

どっ!と地面に崩れ落ちた、カーマインを覆う焔もやがて小さくなり、淡い陽炎を残し、やがて消えて行った。

あついよう
くるしいよう

聖痕に群がった幼い魂がカーマインを責めたてる。

その左手を握りしめ…額に寄せて祈るように詫びた。

食いしばられた口元と、眉間に皺を寄せるほど、固く閉じられた目蓋から…赫い血が溢れ出る。

…オルレアンの戦いは…虐殺でもあった。

ならば…この聖痕は…神の怒りに触れ、業火を呼ぶ火打ち石なのか?

いったい…何度我が身を焼けば、その罪は拭われるのだろう。

よろめきながらと立ち上がり、カエラだった塵が積もるその場所へ、重い身体を引きずっていく。

オマエハエイエンニノタウチマワッテクルシムガイイ…

カーマインが見下ろした塵は夜風に掻き消されながら、そう言い残しているように聞こえた。

突き刺さっていたサムライブレードを引き抜きくるくると回したあと、鍔をバチリと鳴らし、鞘に納める。

大きく輝く金色の月光が…いつまでも佇む哀れな聖者の影を、映し出していた。

2006年03月10日

BLOODYROMANCE(14)

娘は足元に次々と積み上げられる枕木を震えながら見つめ、
灰色の天を仰いだ。

あの森で、私は確かに大天使ミカエルの声を聞いた…。

木柱に後ろ手に括り付けられた、左手の聖痕が熱く疼く。
オルレアンでの戦功によって、天から授かったものではなかったのか?

司教が告げる。
「この者は異端者につき、即時火刑と処す」
兵士が持つ、松明の焔がその言葉を飲み込み、赤く膨れ上がった。

動悸が幼い胸をつき、頭の中には既に白い靄がかかって何も考えられなくなっていた。

…出来た!間に合ったぞ!…

空虚な脳裏に共に戦った、ジル・ド・レイ男爵の声が響き渡る。

…お前はこれで蘇る!死ぬことはないのだ…

死の恐怖によって萎縮した肺は空気をもとめ、全身から噴出した汗が足元まで伝わり、雫となってポタポタと落ちて
枕木に染み込んでいく。

兵士達が何かを叫んでいる。
見物人達が憐憫の眼差しで私を見ている…。

神の声は聞こえない。

遂に兵士が枕木に焔を注ぎ込んだ。
赤い舌なめずりは、一瞬の内に燃え盛り、黒煙を上げる。

熱さに苦しみ、煙に咽び、そして恐怖に悶え、涙がじわりと溢れてきた。

人々は私を焼こうとしている。
神は私を見捨てようとしている…。

寂寥が魂を巡り、思わず
…狂った錬金術師の申し出に…コクリと頷いてしまった。

その刹那、背中に衝撃が走り、矢の先端が心臓を貫いた。
どっ!…と熱い血が口から溢れ、それすらも…すでに全身に回った焔に嘗め尽くされていく。

思わず上げた絶叫は焼かれる苦しみでも、矢尻の激痛の為でもなかった。

私の魂に…無垢な魂が入り込んでくる!
いったい何人の幼い命を絞りとったのだろう…。
いたい…くるしい…たすけて…。
幾多の断末魔の悲鳴が渦巻いて、響く。

放たれた鏃には凝縮された魂と、それを贄に発動し、ノスフェラトゥへ変貌させる禁術が刻まれていたのだ!

その身を焼かれ、絶叫する「救国の英雄」の哀れな姿を見て、教会の俗物どもは溜飲を下げる。

気づかないのか?
私はお前たちの命を啜る骸に変貌しようとしているのだぞ…。

やがて、紅蓮の炎はすべてを焼き尽くし…狂気の宴は終わった。

どれだけ時間が過ぎたのだろう…。
闇に漂う…血の匂い。
全身を駆け巡る欲情に、牙が尖っていく。

闇に蘇り、輝く赤い瞳から一筋…
血の涙が零れ落ちた。



2006年03月09日

BLOODYROMANCE(13)

砕かれた右腕はだらりと垂れ下がり、首は切り落としたカエラの右腕によってギリギリと絞め上げられている。

サムライブレードは左手から滑り落ち、カーマインの足元にザクリと突き刺さって苦悶に震える主を刀身に映す。

失った右腕の肘から、噴き出し、流れ落ちる血をそのままにカエラの口元が薄く嗤った。

もうすぐ、その細い首はボキリと鈍く短い悲鳴を上げて折れるだろう…。

魔力は削ぎ落ち、使い魔達は瞑府から馳せ参じることもない…。

斜陽の貴族は哀れなものだ。

しかし、その屈辱も今宵、この場で消え失せる。

まずは、この生意気な赤毛の血を存分に味わい、くびり落とした首を闇夜に晒し、新しい領主の威厳と恐怖をたっぷりと愚民共に示してやる…。

さあ!崩れ落ちて我が足元にひれ伏すのだ!

一方、カーマインは白い包帯で巻かれ、鋼の甲当てを装着した左手を、首に齧り付く右手の主に向けて、震えながら、ゆっくりと広げている。

…なんの悪足掻きだ?

しかし、カエラはカーマインの手の平に現れた焼き印に、驚愕を隠せなかった。

…塵は、塵に還れ…。

脳裏に響いたその声と同時にカーマインの左手の刻印から炎が上がった。

…あり得ない…。聖痕を持つ闇の眷属など!

今や、はっきりと浮かび上がった十字架の刻印から沸きいでる赫い炎はカーマインを、そして首に取りついた右腕を焼いた。

「何故だ?」

切り離されているにも関わらず、右腕の炎はみるみるうちに主すら包んだ。

「なぜ…貴様が聖者の炎を…クロスフィアーを!御前も焼き落ちるのだぞ!」

絶叫するカエラと同じく紅蓮の炎に包まれながらカーマインは

「…御前の知ったことではない…」

と赫い一瞥で言い放った。

2006年03月07日

BLOODYROMANCE(12)

…まるで、血に飢えた獣だな…

カエラは喘ぎながら自らを嗤った。

下郎共は、海を大地を空を…そして精神を汚し、生きるために祈りながら殺し…快楽のために笑いながら殺している。

我等は命を啜る骸だと、この赤毛の娘は言った。

ならば、一つの命を輝かせる為に一体どれだけの骸がその足元に横たわっているのだろう…。

カーマインの唸る白銀の一閃を躱し、カエラはその細腕を掴み、金剛石をも砕き割る力で握りしめる。

骨を砕く音に酔い、肉を潰す感触を存分に味わった。

吹き出した血はしかし、カーマインのものではなかった。

一瞬持ち変えられた剣が鋭い暫撃を放ち、カエラの右肘から先を斬り落としていたのだ。

血煙を上げ、のたうち回るカエラの右腕は突然、狙い定めた様に跳躍し、5本の指がカーマインの喉首に食らいつき、絞り上げる。

…私は…もっと高貴な存在だった筈だ。

下郎共のやせ衰えた魂では満たされぬ飢えが…私を獣に変えてしまったのだろうか。

それとも緩慢に続く、退屈で永い刻の流れが…私の魂を堕落させてしまったのだろうか…。

白く可憐な喉元に主から離れた指先が食い込んでいく…。

にもかかわらず…凜として一層輝きを増す赫い瞳を見て、カエラはそう思った。

BLOODYROMANCE(11)

「これは我等、ノスフェラトゥの意地と誇りを賭けた決闘だ!」

闇を切り裂く春雷のように、その声は地平にまで轟き渡った。

同時にカーマインがかわした一閃によって切り裂かれた塔の斜面は、ガラガラと鈍い音を立てて崩れ落ちる。

「命ある民の手出しは無用!」
麦畑の影が数個、赤い畏怖に震えている。

「…我が身を案じてくれる、そなた達の気持ちだけで十分だ」
穏やかな夜風が畑を揺らした後、影は安堵のため息を残り香の様に漏らし、どこへともなく消えていった。

…領民共が主を案じて放った弾丸であったか…。
緊張の糸が切れて、意識を失ったのであろう。
カエラは案内役に使った愚かな日本人が倒れている先に実る、豊かな麦穂を見つめた。

そして、落ち着きを取り戻し、カーマインを貫いていた指先を引き抜いて戻し、怪訝な顔つきで尋ねる。

「お前は…いったい何者なのだ。あの水銀弾にはヘルシング教授の刻印が刻まれていた…」

血の色に輝く瞳の中心をゆらりと揺らし、
サムライブレードの刀身を一振りすると、張り付いていた水銀が月光を弾きながら飛び散っていく。

「言った筈だ…」

ただの闇に蠢く屍にすぎないと…。

暗雲が闇のかすかな瞬きさえ遮った時、
対峙していた2つの影が交錯し、黒布を広げたような夜空の中で、命なき者達の闘いの焔が不気味な音を立てて燃え盛っていった。

2006年03月06日

BLOODYROMANCE(10)

カエラは焼かれた頬の内を爪で抉り、どろりと垂れた体液と肉を引きずり出した。

激憤のあまり、ゆっくりと伸ばしたその指先までもが打ち震えている。

「では…貴様はなんなのだ?夜の闇を徘徊し、命を啜る骸に変わりはあるまい?」

ギラリと瞳孔を広げた瞬間、右の人差し指の先端が鋭く伸びて疾り、
佇む小娘の左肩を貫いた。

骨の砕ける感触を心地よく感じ、ほんの少し溜飲が下がる。
 
「そうだ…私も貴女と同じ…無意味に時を過ごす動ける屍だ」
カーマインは自らの名よりやや黒味がかった赤色の血が筋となって流れていくのを見つめた。

…出来た!間に合ったぞ!…

遠い過去に置き去りにした筈の記憶に焼きついた声が耳に蘇る。

…お前はこれで蘇る!死ぬことはないのだ…

身体を焼く燃え盛る焔の中で、それが幾多の幼い命の上で成り立った秘術だと知った時、
その男爵と申し出をを受け入れてしまった自分を呪った。

「ふふふ…気取っていたわりにはあっけない」

カエラは眼前で伸ばした左指先を今度は横に薙ぎ払い、花の茎のように華奢な首を狙った。

タン!という軽い発砲音がバキリ!と響く鈍い濁音にかき消されて散っていく。

肩を貫いた右指先をそのままに、横からの一閃を紙一重でかわし、驕りに曇る眼前まで一瞬にして迫り、剣を振りかざしたカーマインの姿にカエラは思わず息を飲んだ。

ちろりと顔面を覆った剣に眼をやると、ちょうど眉間にあたる位置から異臭が放たれ、シュウシュウという不気味な音が闇に溶け込んでいく…。

「水銀弾…」

これを食らったとて塵に帰す事はあるまいが、ただでは済まなかったのも確かな事だ。
蒼き閃光をもって振りかざされた刀身は、忌まわしき弾丸から敵を守る為だったと気づいたとき、カエラの自尊心は震え、怒りのあまりに牙を打ち鳴らす。

その不気味な響きに耳も貸さず、カーマインは月影にゆれる豊かな麦畑を一瞥して叫んでいた。






2006年03月04日

BLOODYROMANCE(9)

血に飢えたカエラは牙を震わせて、領主の戯言を嗤った。

裂けんばかりに広げられた上下の顎はぐきり、ぐきりと死を求める不気味な音を撒き散らした。

ふざけるな!

ここは我等、貴族の求めた土地だ!
御前一人で独占するなど許さない!

赭い髪の女は哀れむように微笑み、カエラを見据えて言った。

愚か者め…。
貴女なら一刻も経たぬうちに、この村の命を吸い尽くすしてしまうだろう…。

月の光が瞬いて、赫い瞳に蒼い輝きを射す。

命を気取る屍よ…。
真の命の尊さを噛み締めてから出直してくるがいい。

その刹那、黒い翼が広がって、闇の疾風が星明かりを歪め、石塔の屋根を踏み抜いた轟音が豊かな田園に響き渡った。

生意気な赭毛の女に突き立てられたはずの、鋼にすら穴を穿つ牙は上段に構えられた剣によって防がれ、ガチガチと耳障りな音を立てる。

一気に剣を引き抜くと、突き立てられた牙と刃が火花を散らし、カエラの頬を焼いた。

…我が名はカーマイン…。
現世に戻るか…塵に還るか…。
赭髪が揺れ、うっすらと白煙の上がる剣先と隠しきれぬ牙をカエラに向けて言った。

好きな道を選ぶが良い。

と…。

BLOODYROMANCE(8)

さあ、祖国の子等よ
栄光の日は訪れた。
暴君たちの血まみれの旗が
我等に向かって掲げられた。
田園を満たす獰猛な
どよめきが聞こえるか。
彼等は子供や妻たちの
咽喉を切り裂きにきたのだ
武器を取れ、市民達よ。
軍隊を組め、進め。
敵の汚れた血で我等が田園を浸せ。

「ついに来た!ついにたどり着いたのだ!」

地獄に最も近い…楽園の園に。

1284年。
ドイツのほぼ中心に位置するハーメルンという街に
ジプシーの男が現れた。
約束を反古にした街の人々はその代償に、130人の子供たちを失うこととなった、あの伝説…。

笛使いがつくりあげた「見えない城下」には無垢な肉と血…そして魂が永遠に培養されているという闇の眷属の狩り場。

この香り…。

真っ赤にしたたる濃厚なその味わいを口一杯に浸らせるべく、牙がみるみるうちに伸びて、端正な顔立ちは醜く歪み、歓喜のあまり喉を掻き毟った。

間違いない。
あの塔の影も我らが同胞!

さあ…狩り場へ案内しておくれ!

しかし、蒼白く輝く甲鎧に身を包んだその同胞の口から出た言葉は意外だった。

顔半分は赫毛で覆われ、同じ色の瞳からは感情の宿りを全く伺えない。

…この場で、狩りは許しません…それを約束するなら客人として滞在を認めましょう。

静かに…だが、凜とした少し幼さの残る女性の声音が、夜風を引き連れて響きわたった。

2006年03月03日

BLOODYROMANCE(7)

澄んだ歌声の源へ向けてよろよろと縺れる足は感覚が消えうせ、灼熱を帯びた喉は命ごいとも諦めともつかぬ、うめき声を絞り出している。

美しい女の姿をした化け物の、不気味な息遣いを受ける背中は冷たい汗にまみれ、命の焔がひとつ、ひとつ消されている恐怖に意識が白い悲鳴をあげた。

二つの月が照らす深い緑の森に響くその歌は…どこかで聞いたことがある…。

そのかすかな感情の響きが、途切れそうになる意識を保っていた。

ここか…


背後で化け物の歪んだ嗤いが聞こえた途端、卒倒しそうな程の眩暈を覚え、思わず月を見上げた。

ゆっくりと折り重なる二つの月は、やがて濃密な狂喜の光を放つ一つの真円となり、闇夜に縫いつけられた。

…ラ・マルセイエーズだ…。

まどろむ意識の中、ようやく思い出した、その歌声の主は、長く伸びた石塔の頂点に立ち、大きく輝く月と星空を従えて…
幽界の狭間に現れた招かれざる客人を見つめていた…。

2006年02月28日

BLOODYROMANCE(6)

長く華奢な指を引き抜くと、どっと赤黒い血が吹き出して、こと切れた男は糸の切れた操り人形のように無様に崩れ落ちた。

ちろりと舌を出し、踊るような仕草で指についた血を舐めとる女の表情は恍惚の光を帯びている。

しかし、それも一瞬の事でべっ!と下品に血の混じった唾液を吐いた。


「…待っていた。この時を…」

金色の睫毛が降り、あの時の父の声が蘇る。

…カエラ…我々がここに来て何年になる?

…83年になります…おとうさま… 

ニューヤークの摩天楼の頂点で下界を見下ろす父娘の表情は憂いの影に満ちていた。

…この百年…下郎共の魂の劣化は著しいな…

…おとうさま…狩りに出かけましょう…。お身体に障りますわ。

…お前を魔女狩りの惨禍から救うためにノスフェラトゥの力を得て300年…。

…これでよかったのか?その言葉を飲み込んで父親は愛娘を見つめた。

…おかあさまを魔女裁判でなぶり殺しにした奴等を八つ裂きにしたあの感触…心地よくこの手に残っておりますわ…。

父親はにこやかに嗤う娘の牙を見て言った。

…ヨーロッパへ帰れ…

…えっ?

…森に隠された最高の血と肉とそして魂の狩り場があるという…

…ハーメルンの?…

…そうだ…あのジプシーが造りあげた闇の眷属の城だ。

…おとうさまは?

…塵は…塵に還る…。

魂を燃やす青白い焔が父親を包んだ。

…さらばだ…

崩れ落ちる父親の姿を見つめ、娘は落胆した。

落伍者め!

氷の憐憫と焔の憤怒が交互に入れ替わり、カエラは真黒の翼を広げ、同じ色の夜を切り裂いて、飛び立っていった。

それから数十年…人間にしか見えないその入り口の前にようやく立ったのだ。

「歌の聞こえる方向へ行ってもらおうか」

竦み上がって震えている日本人にそう告げると、これから始まる狩りの事を思い、欲情のあまりに牙を剥いた口元から涎がこぼれ落ちた。

2006年02月26日

BLOODYROMANCE(5)

深い森を成している木々の枝葉は月の祝福を受けて神々しく輝いている。

その根元にわずかばかり漏れる月明かりと、手元のライトが示す水たまり程度の大きさの明かりを頼りに、もう数刻は彷っていた。

…いったいどのくらい歩いただろう…。

大事な商談で必ず着ていたお気に入りの洒落たスーツは土に塗れ、颯爽とアスファルトを鳴らしていた革靴など全く場違いで、両足は惨めな悲鳴を上げていた。

なぜノコノコついてきてしまったのだろう?…。

深い溜め息を漏らし、汗を右手で拭う。

…!
なんだ…?

微かに、しかし確かに音が耳に入り込んでくる。

「どうした?」
…歌だ…

「…聞こえないのか?」

「どこから聞こえる?」

あちらだ…と指さした方向に月が輝いている。
おかしい?

「…月が…ふたつ?」

「信じられない!お前さんは運がいい!」

その刹那、頬に飛び散った生暖かい雫を感じ、思わず袖でぬぐった。

連れの男の口元は笑顔が張りつき、樽腹の鳩尾から、赤いマニキュアに彩られた爪が艶めかしい、長く整った指が5本飛び出している。

笑顔のまま彼は白眼を剥き、朱い血塊が口からだらりと剥いでて地面に落ちたが、そのいびつな音はもう耳には入ってこない。

ガタガタと視界が震えて来る。

そのブレた世界で妻だった女はニタリと嗤い、今や肉塊となった夫に言った。

…貴方の運はなかったわね…

彼のかわりに響き渡る絶叫でそれに応じるほかなかった。

2006年02月23日

BLOODYROMANCE(4)

古いベンツが月明かりに蒼白く照らされた道を滑るように進んでいく。

叔父貴の撮った写真だ…と手渡されたライカのレンズが捕らえた、色のない城のそれは恐怖による震えの所為なのだろう。
かろうじて輪郭がわかる程度だった。

「想像力が沸騰する良い写真だと思わないか?」

彼を写真家に導いてくれた叔父の話をしながら、禿げた頭をつるりと撫でて、男は少し自慢げにハンドルを握る元モデルだという妻の横顔を見つめた。

その話はもう何百回と聞かされたのだろう。
反射的に口元に笑みを浮かべる事で彼女は夫に答える。

ゆったりした後部座席に背中を預け、眼を閉じても漏れ込む月明かりを手で払いのけた。

その濃密な輝きがフッと消え、ベンツの重厚なブレーキがゆっくりとスピードを削りとっていく。

…音が消えているようだ。

その理由は車を降りて地に足をつけた時に解った。

緑に塗り込められた深い森が、微かな音すら飲み込んで、その色を濃くしているのだということを。

2006年02月22日

BLOODYROMANCE (3)

背中の震えはやがて全身に伝わり、固く握られた拳が乗せられたテーブルすらガタガタと軋んだ。

…なんだ?この話は。全くのデタラメではないか。

森に埋もれる虚城…。
そんな話を追わされる為に自分はドイツまで飛ばされたのか?

ネットと言う虚実折り混ぜられた世界に若い会社を根づかせる為に、メールで指示される様々な企画を現実世界で形にしてきた。

…その仕打ちがこれか…。

じわりと眼前が霞み、転職して勤めた8年間が雫となって落ちてくる。

それが頬に辿り着かぬよう、ビアジョッキをひっ掴むと一気に顎を上げて飲み干した。

「…まあ、信じられないのも無理はないな…」
ビールの泡がついた赤い髭を手で拭い、ウエイターにジョッキを渡してもう一杯催促しながらドイツ人の男は言った。

「…俺もそうだったよ。ナチの衛生兵だった叔父貴の言う世迷い事などな…」

青い瞳が哀れな日本の会社人を見つめている。

「…その写真は俺が撮ったモノだ。今夜は月夜だ…森へ行ってみよう」

その前に…。

このビールを飲ませてくれ、と新しく置かれた5杯目のジョッキに口をつけながら、付け加えた。

2006年02月19日

BLOODYROMANCE (2)

「確かにあの城はいわくつきだな」

知人の商社マンに紹介された男は、ビールを樽のような腹に流し込むと眉間に皺を寄せてみせた。
怪しい城の買い付けの使いなど御苦労なことだと、その目は笑っている。

このドイツ南西部のラーデンブルクの町並みは、古い歴史の佇まいを残す「なにかありそうな町」ではあった。

茶褐色の岩肌と緑の大地が茜色に染まる瞬間に、捕らえられたその小さな古城の写真に視線を落とす。

ドワーフが建築したのではないか?と思えるほど見るからに堅牢で、装飾のかけらもなかったが、それ故に研ぎ澄まされた美しさがあった。

「この城主と話がしたい。案内してもらえるだろうか?」

「話を聞いていなかったのか?何も?」

「どういうことだ?」

「この城の写真は偶然に撮られたものだ」

「?」

「ビルケナウの森で・パラティネートの森で。そしてアルザスの森で。この数百年、目撃者は偶然にその城を見つけたんだ」

城下には伝説があってな・・・

部長のくだらない話を思い出し、ぞくりと背中が震えた。

2006年02月14日

BLOODYROMANCE (1)

眼下に広がる雲の透き間から波のうねりがキラキラと輝く蒼い海を見つめ、世の中の理が少しばかり目尻に刻まれた男は溜め息をついた。

…ドイツの古城だそうだ。…聞いているのか?

部長に呼びつけられたのが2週間前。

テレビでも有名なポータルサイトの若い社長様が、欧州進出の拠点にしたいと、彼らしくネットでその城を見つけ出してきて、その買い付け交渉を命ぜられたのだ。

やりがいのある仕事だとは思ったが、ではそのうち彼は宇宙に事業展開するつもりなのか?とこみ上げる笑いを隠しきれなかった。

…ただ、その城下には伝説があってな…。

ニタリと笑って、部長は金に糸目はつけないそうだとメモ書きていどに一応の予算と交渉手順の記載されたレジュメをよこすと、古城にありがちな御伽話を付け加えた。

しかし…それが事実でしたなど…どう報告すればよいのだろう?

伝説の娘はこの命を育む恵みの光を浴びることはないのだな…と思い、あの青年の瞳にこの輝きはどのように写っているのだろう…と、蒼い海に答えを求めるように、眩しそうに目を細めた。

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