めっちゃ高い自転車で京都市内をうろうろしたいなあ

2006年05月25日

BLOODY ROMANCE

カーマインの激しく、鋭利な一喝は赫い疾風となり、大広間に殺到していた狂気
の炎をかき消していた。
重火器の攻撃をものともせず、弾丸を砕いて塵に変え、音速に乗って2O4名も
の腕を一瞬で叩き折った鎧の娘は化け物と呼ぶにはあまりに華奢で可憐な一輪の
赫い花であった。

よろよろと重く鈍い足を引きずりながら、敗れた兵士達は無言で戸口に向かう。

ただ一人、連隊長はそれでも尚、街の制圧に向かった部隊と合流し、態勢を立て
直せないかと思案していた。彼にとって戦意を挫かれた部下達などチェスの駒以
下の存在でしかない。
現状では上官をまず脱出させることが兵士達の義務である筈だ。

「どいつもこいつも自分の事しか考えていない」

連隊長は、俯きながらのろのろ進む無能の出来損ない共を殺気だって睨
みつけた。
その瞬間、後頭部を熱く打ち抜かれたような痛みを感じ、慌てて振り向いた。
赫い瞳が一つ…真っすぐに向けられている。

…次は…頭蓋を砕いてやろうか…

冷気を纏うその輝きに愚かな殺気はどっ…と吹き出した冷や汗にみるみるうちに
押し流され、下卑た笑いが勇敢な連隊長殿の顔に張りついていく。

しかし、ぐらりと城が揺らめいた時、連隊長は思い出した。

既に大広間を出ていた兵士達の断末魔の悲鳴は石造りの回廊が崩れる轟音に呑まれ、哀れな末路の印すら残されない。

血肉を啜り、たっぷりと飽食を楽しむその咆哮は…
…マウスだ。

濃い緑の不気味な脚を生した嘗て戦車だった化け物は巨大な戸口を破壊し、既に
血塗れの巨躯をとさつ場に捩じ込むべく、震わせた。
一瞬に70名の頭部が熟れた果実よりも脆く、脳漿や眼球を飛び散らせて
弾け、肉塊の山と血の河が築かれていく。
マウスの砲身が象の鼻のようにずるずると音を立て、一片の肉片も一滴の血痕も
残さずに吸い上げ、ピタリとカーマインに向けて狙いを定める。

形勢逆転を喜ぶ一名の愚かな薄笑いを除けば、この場には絶望しか存在しなかっ
た。

否…もう一つ、赫い不死者が口角を僅かに上げる。

…冥府の獣の四肢か…

その固い鱗はミスリルやオリハルコンと同じ強度だという…。
鞘が鳴り、横一文字に構えられたサムライブレードの白銀の刀身に獲物の姿が映
りこんでいく。

魂を砕く咆哮が轟く中、赫い瞳が恒星の様に輝き、白銀の刃は流星の一閃を
獲物に向けて疾走させていた。

2006年05月11日

BLOODY ROMANCE

マウスと呼ばれていた戦車は今や鋼の鎧を纏った化け物となり、その巨躯を震わせて砲台に残った弾頭を全て撃ち尽くす。
四肢が地面を舐めつくすように這いつくばり、噴煙をあげ無残に崩れ落ちた城壁に向かって突き進んでいく。
この世の全ての破壊の衝動が乗り移ったかのようなその姿に、あろうことか黒い軍勢は歓声をあげた。
だれ一人として正気ではなかった。
いや…それともこの姿こそが人間の本性なのか。
理性という薄皮一枚を剥ぎ落とせば、誰もみな飢え、欲情に狂った獣ではないか。
かくして四肢を持った巨大な獣によって破壊鎚は遂に突きたてられた。

もはや抵抗の術を失った城内に次々と重装備に身を固めた歩兵たちが侵入してくる。
石畳の回廊には数百の軍靴の打ち鳴らす無粋な音が響き渡り、手榴弾と対戦車砲によって数百年の歴史を見つめてきた壁画や絵画、調度品が破壊され、奪われていく。
その蛮行にも関わらず彼らは不満だった。
壊し足りない!
奪い足りない!
そして…。
殺し足りない!
英雄へと至る条件とは何か?
富か?
地位か?
それとも…。
名誉か?
この黒い軍勢達はこう答えるだろう。
虐殺だ…と。
弱きを強きが屠る。
それこそが英雄達の喜びなのだと。

やがて扉を開け放たれた大広間に狂気の奔流が殺到していく。
黒い重火器の列が、赤い絨毯の中心で佇む小柄な長髪の執事に向けて狙いを定める。
陽光は地平の彼方へ消え去って久しく、その恵みを以って動力と成す霧丸の活動限界も近い。
にもかかわらず、その眼光は絶望的な光景の中でも霞むことはなく、怒りよりむしろ哀れみの色彩を愚図どもに放っていた。
ピタリ…と時が止まったその静寂を、鼻歌を歌いながら優雅な足取りで現れた連隊長が破る。

「この城と土地は我々が頂く。以上だ。お前の後に虫けらどももすぐに送ってやるから、あの世で面倒をみてやるんだな」
下卑た笑い声が大広間に響きわたった。
勝利を確信した歪んだ顔。
霧丸はニコリと微笑む。
霧丸にとっては人語を解する獣に過ぎない連中の長は吼えた。
どうやら命乞いの類を期待していたらしい。

「撃て―っ」

その命令の刹那、獣どもが放った機関銃の数千発の咆哮は、城を下から突き破る轟音によって掻き消されて霧丸に届くことはなかった…。

2006年05月08日

BLOODY ROMANCE

マウスの唸る砲撃を森の裾野で見つめる衛生兵と退路を固める3人の歩兵達は一刻も早く現世
に戻りたかった。なぜ皆このような現実を受け入れられるのか?
何度考えてみても狂っているからという結論にしか達しない。それとも、狂って
いるのは我々の方なのだろうか…。

小柄で赤髭を生やした衛生兵は、自慢のライカをカーキー色の軍鞄から取り出し
て失われつつある茜色に輝く城にレンズを向ける。
砲撃で一部は破壊されているがその気高い佇まいは変わることはなかった。
取り敢えずシャッターを押してはみたものの、手元がどうしても震えてうまく銀
塩に焼きついたかは解らない。
今度は砲撃が止み、静かになったマウスにレンズを向ける。
その瞬間、衛生兵の膝はガクガクと震え、股間をみるみる内に濡らして地面に滴
る黄色い汚物のなかにへたりこんでしまった。

そのレンズに写っていたものは…。

「くそっ!」
連隊長は完全に沈黙したポルシェ博士自慢のハイブリットエンジンに悪態をつい
てハッチを開け、外に飛び出した。

いや…ここまでよく保ったものだ。
1・2号機は結局戦車として機能しなかったのだから。
動かなくなった戦車など鉄屑以下の存在だ。
残りの砲弾を撃ちつくすべく、部下は調整を計っている。

「どうされました?」
口元を親しく緩ませながら司教が問いかけてくる。
「これは司教様…」
連隊長は霧を消し去り、続く罠の数々を防いだ司教の能力に畏怖を抱きつつも、
己の手柄まで横取りされては堪らないと警戒する。

「…戦車が動かなくなりました。あとは砲台として…」
司教は穏やかに微笑みながら右手をかざして連隊長の言葉を遮り、その手を今や
鉄塊になろうとしている戦車に向けた。

途端に巨大な鉄躯は小刻みに震えだし、その中から不気味な断末魔の絶叫が響き
わたる。
砲台と車体の間から5人分の血液がたっぷりと霧状に吹き上がる。
バン!と砲台のハッチが開き、救いを求める様に血塗れの右手が掌を広げ、全て
の指先を天に向けて震えている。
しかし、ぐちゃりという鈍い音と共にそれは車内に引きずられ、地獄の蓋は閉じ
、二度と開くことはなかった。

車体はやがて大きく揺れ、キャタピラはバラバラになり、車輪は弾け飛んだ。
そして緑の鱗と三本の鉤爪を持つ四肢がずるりと生え伸び、鉄屑寸前の重戦車は
、血肉を求める獣と化していた。

連隊長の白目は恐怖のあまり真っ赤に充血し、今や化け物となったマウスを指さして口角を引き攣らせながら
「部下は…」
とうわずった声で尋ねるのが精一杯であった。

「ご心配なく」と司教は答え、十字を切って見せた。
「聖なる戦いに犠牲はつきものです…彼らの魂は…」

それ以上は耳に入らなかったし、心にも届かなかった。
袖で顔を拭うとぬるりと5人の混ざりあった血液が纏わりついてくる。

「ふふっ」
と連隊長は笑った。俺は運がいい…と。
司教は満足げに微笑みながら頷くと言った。
「さあ…征きましょう。神のご加護とともに」
その神のご加護とやらはずしりと脚を一歩踏み出し、黄昏と霞色の狭間に向けて吠える。

それは獰猛で死を呼び込む…寂しげな咆哮であった。

2006年05月04日

BLOODY ROMANCE

無宗教・無神論のイデオロギーの新興国ソビエトを討つための作戦を
千年王国の建設を謳う独裁者は第3回十字軍を率いた神聖ローマ皇帝の渾名にちなんでこう呼んだ。
「ヴァルバロッサ」と。
教皇ピオ12世はこの作戦を裏で熱烈に支持。
神の子を殺した流浪の民と神を信じぬ愚かな国に神罰を与えるために。

ヴァチカンを総本山とする聖職者達の管理と利用はSS長官ヒムラーに完全に任されていた。

神々が置き忘れ、見捨てられた土地。
天空に彷徨うラピュ−タ。
海底に眠るアトランティス。
そして…北方の彼方の地、トゥーレ。

「トゥーレ協会・ドイツ性のための騎士団」
ハーケンクロイツと剣を旗印にしたこの秘密結社は、後に国家社会主義ドイツ労働者党の礎の一つとなっていく。

再び大地を揺るがせ始めたマウスの鉄と火薬の咆哮に司教は酔いしれていた。
異端者どもの城が崩れていく度に、この土地は我々聖なる民の元に返ってくる。
数日前、突然光り輝く意識が彼の身体に乗り移り、恐るべき術と知識を与えてくれた。
弛まぬ祈りと献身がついに天界に通じ、使徒が我が身に降臨されたのだ。

「諸君!今こそ神託が降り立った。レコンキスタ―失地回復という我々の御役目を成就せよ!」
黒い軍勢は正義という恍惚の美酒に狂気の涎を撒き散らせながら、城に向かって突撃していく。

叫ぶこの司教の名はアロイス・フーダル。
ヴァチカンの暗部が生み出す黒夢を具現化する者の一人であった。

一方、霧丸は人間の心中に潜む破壊と征服の衝動の凄まじさに驚きを隠せない。
…私も人間だった頃、あのような醜い存在だったのだろうか…。
嘗てこの土地を狙った人外達。
不死者は貴族らしい高潔な意志を失ってはいなかった。
人狼達は戦士らしい誇り高き自尊心を忘れてはいなかった。
…迫り来るあの人間達にはそのどちらも見受けられない…。
いや…それでも…。
人間を信じたい。
家族を愛し、隣人を信じ、弱者を慈しむ心が奥底に眠っていることを。

彼の絶望は砲撃で崩れる城の粉塵となって空に舞い上がり、みるみるうちに薄くなっていく茜色と濃紺の狭間には、
宵の明星が瞬き始めていた。
まるで小さな希望のように。


2006年05月03日

BLOODY ROMANCE

うわああ…。助けてくれえ…。血が…血が…。
つい先程まで罵りながら人を撃ち、笑いながら血飛沫を浴びていた黒い歩兵部隊は白い霧の中で自らが傷つくと、途端に恐怖に怯えて嗚咽を漏らしながら命乞いを始めた。
マウス3号機の分厚い装甲の中には耳を塞いでも漏れて来る、不気味で単調な剣打の音が響き渡り、連隊長は発狂一歩手前であった。

殺しはしない…。
そしてその価値もない。
霧丸は城の大広間からテラスへ抜けて、その様子を雹のような視線で眺めている。
…命の尊さをわからぬ愚図どもめ…。
痛みに震えながら流れる血と恐怖に震えながら流す涙を以て、存分に自らの犯した罪の深さを噛み締めるがいい。
あの巨大な鉄の塊を撤退させれば、奴らも敗残兵となって現世に還っていくだろう。
どうやらこのサムライブレードは必要なさそうだ。
万が一の時のため領主に渡せるように、丹念に手入れしておいた手元の妖刀を一瞥するとすこし安堵の色をその瞳に浮かべた。

だがその色はすぐに弾けて消える。
眼下に広がる白い霧の海が一筋、スパっと斬られたように濃い黄昏色を取り戻したではないか。
戦車の周りの霧はたちまち消えうせて、自らの色を取り戻していく。
霧丸は驚愕のあまりサムライブレードを落としそうになりながら、その筋の根源…森の奥を見やった。霧の海に一筋の切れ目をいれたその輝きはゆっくりとその姿を現そうとしている。

…天にまします我等の父よ、御名が聖とされますように。
御国が来ますように。
御心が天に行われるとおり、地にも行われますように。
日ごとの食物を今日もお与えください。
我等に対して罪のある者を赦しますから、我等の罪もお赦しください。
我等を試みに陥らせずに、悪から救い出してください。
御国も力も栄光も、世々に限りなく主のものだからです…。

そう祈りながら森の裾までやってきたのは、白い法服に身を包んだ司教であった。
長方形の薄い眼鏡をかけ、首からは悪魔祓いのロザリオを掲げ、薄い褐色の肌に銀色を添えている。長身で痩身のその体躯は疑問符のように折り曲げられ、一歩一歩、奇跡の足跡を残すように城へ向かってくる。
そしてずしりと両足を大地に穿ち、立ち止まって叫んだ。

「AMEN!」

その司教を中心に霧はたちまち晴れて行き、歩兵たちの傷はみるみるうちに癒えていった。

部隊の歓喜はすぐに粘ついた狂喜へと変貌していく。
…よくもやってくれたな…
…ころしてやる…
…うばってやる…
…もやしてやる…

司教はその狂喜を味わうように息を吸い込み、再び歩き始めた。
「勇敢な兵士の諸君!殺すのではありません!」
…醜い魂を神の御名において再生するのです。
「栄光の勇者の諸君!奪うのではありません!」
…モノにまで染み付いた業を祈りによって落すのです。
「慈悲深い賢者の諸君!燃やすのではありません!」
…穢れた大地を聖なる炎で清めるのです。

霧丸は愕然とした。
なんという強い術者であろうか…。
その力…人外に匹敵する。

領主の目覚めまであと数刻…。
黄昏はどす黒い数百本の狂喜の影をはっきりと大地に映していた。


2006年04月30日

BLOODY ROMANCE

MG42機関銃の撒き散らす死の種子は鮮やかな赤い血の花を咲かせ、美しい勝利を我が軍にもたらせてくれる。

作戦完了予定時刻を繰り上げねばなるまい。

ポルシェ205E型戦車…通称マウス3号機の巨大な鉄腹の中で連隊長はほくそ笑んだ。

明日には「狼の巣」をこの地へ移行させる準備が整うだろう。そして明後日には
二級戦功鉄十字勲章の誇り高き栄誉と勝利の結晶を手にするのだ。

どす黒い野心の塊が12・8センチ戦車砲の咆哮と共に城へ向け射出される。

響き渡る爆音と轟音の後、城壁は瞬く間に崩れ落ち、無惨な瓦礫の山を黄昏に曝した。

反対側の城下へ向かった部隊から村は既にもぬけの殻だったとの報告を受けている。

虫けらどもめ!どうせ地下にでも潜んでいるのだろう…。
チクロンBも大量に持ち込んである。

この城を制圧した後は蟻の巣駆除だな…。

馬鹿デカイ割りには窮屈な6人乗りの戦車の中は不快であったが、作戦後のお楽しみの時間を考えると気が紛れる。

「連隊長…」
少し気分が良くなってきたところへ、砲撃手の陰気で間延びした声が分厚い装甲に響き、蒸し暑い車内の湿度をさらに上げた。

「霧です…」
あからさまに苛ついた表情を見せた連隊長の口を塞ぐように派手な音を出し、ハッチを開ける。

砲搭上部から恐る恐る顔を出すと白く濃密な霧に視界が遮られた。
霧というよりは雲の中に近い。
自分の姿すら確認できぬ白い闇の中へさらに半身をもぐり込ませると、歩兵達の叫び声が聞こえてくる。
その理由は左肩に刺さった鋭い痛みでわかった。

矢だ。

砲撃手は白い靄の中でどす黒く流れる自分の血を見つめてうめく。
だが突き刺さったはずの矢は霞のようにスーッと消えてしまった。
そして彼は先の世界大戦での旧ドイツ軍の恐怖の体験を思い出していた。
圧倒的にイギリス軍を追い詰めたにもかかわらず、勝利を逃したあの戦場…。

見えない軍隊。

中世の騎士団が霧と共に現れ、剣と矢を以ってイギリス軍に加勢し、旧ドイツ軍を恐慌状態に陥れたという。

SS長官はここは神に祝福された楽園だと言っていた。
その実は地獄に最も近い楽園ではないのだろうか?

砲撃手は左肩の痛みを忘れてゴクリと喉をならし、白い霧から逃げるように戦車の中に戻っていった。


2006年04月25日

BLOODY ROMANCE

丸眼鏡に映る精鋭達の黒い整列を見渡し、壇上の男は満足げな笑みを浮かべた。

ドイツ電撃作戦によって侵攻・占領後、ポーランドに建設された「絶滅工場」ア
ウシュビッツ強制収容所。

その第二収容所の建物がビルケナウと名付けられた土地に不気味な横腹を曝して
いた。

高く聳える煙突から煙が湧き出ると、あたり一面に甘く、酸味をともなう異様な
香りが立ちこめる。

我々の仕事は尊い。
丸眼鏡の男…SS長官ヒムラーはそう思っていた。

祖国に住み着き、蝕み、食らいつくす劣等人種共…。
いや…人ですらない害虫以下の存在。
奴等の精神を断ち切り、汚れた魂を引きずり出した抜け殻の使い道を資源として
模索するのも重要な仕事である。

髪はランプシェードに。
脂を絞って石鹸に。
尊い人命を救うために実験体に。
そして、焼かれた灰は肥料に。
ビルケナウの森は何千もの奴等の養分をたっぷり吸い込んで鮮やかで豊かな深緑
の輝きを放ち、自然を愛するヒムラーの眼を楽しませてくれた。

その美しい余韻を再び味わい、舌で唇を存分に湿らせた後、ヒムラーは眼下の連
隊に語り始めた。

「諸君…世界に冠たる優良人種たる我々白アーリア人の中でも選び抜かれた精鋭
中の精鋭たる諸君!」

全ての隊員は身長180センチ以上の屈強な肉体を黒い軍服に包み、頭髪は短く
刈り込まれた金髪で、強く刷り込まれた意思の光をその眼に輝かせている。

ヒムラーは壇上で2時間にも渡り、我が誇りと忠誠に対して論じた後、こう締め
くくった。

「諸君…これから鉄の規律を以て向かう先は神々が我々の為に用意された約束の
土地である。

ヴァチカンにも認可されたこの作戦は祝福された高貴で崇高な我らの目的を達成
する橋頭堡なのだ。

正義とは常に優良な人種が差し示す指標でなくてはならない。我が祖国は幾多の
誇り無き軍隊に囲まれている。
諸君等の活躍によりビルケナウの奥に潜む土地を解放して優良アーリア人の楽園
とするのだ。
空となったベルリンに誘い込まれた赤軍と米英軍は新型爆弾の熱線と爆風によって壊滅し、墓標都市として歴史の風雪にさらされることだろう。
これは総統のご意思であり、お言葉である。
諸君の行為は忽ち正義となることを胸に存分に戦ってもらいたい!
我らの誇りと忠誠に神のご加護があらんことを!

祖国万歳!
総統万歳!」

高々と上げられて伸ばされた右腕に地響のように応える
ジーク・ハイルの声の波。
ビルケナウの森は静かにその唸りとたっぷり血と肉を飲み込んで、
件の土地への閉ざされた道を開こうとしていた。


2006年04月15日

BLOODYROMANCE(33)

「何故…貴様がここに…?」
カーマインは胸の奥底から沸きでる煮えたぎった感情を押さえ切れず、身体中を
震わせている。

「…現世から異端を消し去るのが俺の仕事だからな…」
華麗なる黒の正装に身を包み、赫槍の視線を氷の盾眼で受け止めたその男…ヴァ
ン・ヘルシング。
スッ…と立ち上がり愛用のシルクハットを手にすると目深に被り直し、ビシリ!
と鍔を弾いてみせる。
現れた眼差しは全てを凍て付かせるスネコヴァの冷気でカーマインを睨み付けて
いた。
「お前がその気なら…仕切り直しても良いのだぞ」

「望むところだ…ヴァチカンの飼い犬め!」
大きく見開かれた左の瞳にはこの世のすべての赫が凝縮されて収縮し、フッと漏
らした笑みの角からは鋭い牙を覗かせている。

赫炎と蒼氷が交差する対峙を一瞥し、サンジェルマンは中国樹がもたらした香り
高いダージリンセカンドフラッシュを味わいながら、二つの悪意に水を差した。
「カーマイン…その下品な牙をしまいなさい。この私の眼前で不死者の印を剥く
ことは許さない」
枯れた声でゆっくりと諭すように、しかしその響きには絶対的な支配者の旋律が
含まれていた。
カーマインは左手で口元を押さえ、ずぶ濡れの子猫の様に俯いている。

「それから…ヘルシング助教授…」
呼びかけられた男はギクリと肩を鳴らした。
「『アララト山に於ける奇跡の認定と幻象論』楽しく拝読させていただいた…」
ヘルシングはごくりと喉を鳴らし次の句を待つ。
「ヴァチカンの奇跡認定に対しての着眼点は興味深い…ただその構成はやや粗雑
だな」
痛いところを突かれたのであろう。
ヘルシングは鍔を目深に引き、叱られた子犬のように俯いている。

暫く伯爵の言葉を噛み締めた後、ヘルシングはホルスターごと水銀銃をマホガニ
ーのテーブルに置いた。
ゴトリ…と鈍い音が客人の辞去を告げる。

「伯爵…論文の評を有り難うございました」
深々と一礼する学徒にサンジェルマンは眼を細めた。
「神学論文は最初からラテン語で書きたまえ。あと5年程研鑚すれば…誉れ高き
教授の椅子に就けるだろう」
ヘルシングは帽子を脱ぎ、もう一度礼を尽くした後…カーマインが佇む扉へと向
かう。

「ここの領民の為に銃は置いて行く。彼等が貴様の脳天を打ち抜けるようにな…」
帽子を被り直しながら言い、
「さらばだ…。赫髪の不死者よ…異国の青年には申し訳ないことをした…」
ヘルシングはカーマインにはもう一瞥もくれず、
ヴァチカンの輝かしい奇跡と慈愛、冥府のごとき闇と贖罪を背負い…
分厚い扉の向こう側に消えていった。

2006年04月14日

BLOODYROMANCE(32)

左手に皮手袋を通し、掌を数回握りしめて感触を確かめ、カーマインの着替えは
終わった。
鈍い鋼色に輝く甲鎧は頑強なイメージの割りには絹の様に軽い。

客人としての礼節を確かめるように「不死者を映す鏡」を見つめた。
醜い傷となった右目を覆い隠すように赫い前髪を下ろす…。

そして…白い法衣を綺麗に畳み、鋼に覆われた胸に抱き締めてベルナデッタを懐
かしく思った。
神への祈りの後で繰り広げられる権謀術数に巻き込まれてはいないだろうか…。
苦しい喘息は少しは癒えただろうか…。

やがて扉をノックする音に応え、カーマインは恭しく迎えに来た従者に頷くと控
えの間を後にした。

壁をつたって進む鬼火のウィル・オー・ウィスプは蛍光色の不気味な光で廊下を
照らしている。
従者とカーマインはゆっくりと進む鬼火を追って、吐息すら漏らさず、長い回廊
を歩いた。

革靴と鋼が石床に打ち鳴らす音だけが響いて闇に消えていく。

時折、鬼火が旗印や肖像画らしきものの下端を照らし、闇に城の歴史と威厳を浮
かび上がらせる。

重くのし掛かる時の流れを振り解き、城を造った者達の残香に導かれながら、張
り巡らされた辻を曲がり、先の見えぬ階段を昇り、歩き続ける。

幾度目かの長い回廊の途中で鬼火はフッと消え去り、その刹那に満ちた闇は二つ
の影を飲み込んでいた。

「ご主人様…カーマイン様をお招きいたしました…」

無機質な従者の声音に応えるように、分厚い金属の扉がその質量を誇示するよう
に荘厳に軋み、唸りながら開いて、応接室の明かりを漏らしてカーマインの姿を
半身、闇から引き摺り出す。

従者が促す視線にカーマインは頷いて応え、黄昏色の光の中にその身を滑り込ま
せた。

その応接間は小さな教会の礼拝堂ほどの広さがあり、奥の壁には薔薇十字軍…ロ
ーゼンクロイツの紋章を背にした空の甲鎧が暖炉の脇に立ち、不動の影を赫絨毯
に揺らめかせている。

天井にはフィレンツェの「未完の天才」が描いたのであろう、東方三博士と聖母
のやはり途中までしか色彩が入っていない絵が塗り込められ、小さな鬼火が3つ
ゆっくり飛び交いながら主人の威光を穏やかな輝きで部屋中に示していた。

客人に寛いでもらえるようにと気を配られた調度品は控えめだがどれも職人の技
が香り立つ逸品であり、その椅子にサンジェルマン伯爵ともう一人の客人が腰か
けている。
伯爵はミスリル鋼で仕立てられた鎧を寸分の隙なく着こなした不死者の姿に満足
げな笑みを浮かべ、カーマインを迎え入れた。

城内への招きに対し、感謝の念を込めて一礼をした後、ゆっくりとこちらを伺っ
たもう一人の客人が誰かを認めたとき…カーマインの瞳の虹彩は怒りに弾けてい
た。

2006年04月11日

BLOODYROMANCE(31)

自ら刔り取った右眼の奥に微かな熱を感じ、苦悶に睫毛を震えながら、カーマインは残された赫瞳の目蓋をゆっくりと開けた。

虚脱感は拭いきれてないものの、その瞳には力強い意思の焔が種火となり輝きつつあった。

肌に触れる空気が、今は夜だと教えてくれる。

馬車は城内に入っており、石作りの柱を支えに固定されている。馬達は厩舎で寛いでいるのだろう。

カチャリ…と赤い馬車の扉を開け、カーマインは小さな輝きが散りばめられた濃紺の空を見上げながら、石畳に白い素足をつけた。

ぴたり…ぴたりと足音が石に染み込んでいく。
夜露の香りを含んだ風が赫髪を撫でて揺らした後、その足音は止まった。

幾多の城の中でも、ここは地味で小さいが、堅牢で無駄のない造りのようだ。
「ここは…?」カーマインは石柱の影に向かって尋ねた。
そこから現れた揺れる蝋燭の炎はサンジェルマンの従者の顔を照らし出している。

カーマイン様…お目覚めのご気分はいかがでしょう?と形式だけの慇懃な挨拶の後、従者は答えた。
「ここは現世と幽界の狭間…神々が地上に置き忘れた土地なのです」

噂には聞いた…。カーマインはワラキア公ドラクリア伯爵の戯言を思い出していた。
無垢な魂と上質で新鮮な血肉が蠢く…全ての闇の眷属が追い求める、神に祝福された土地があるという…。

「そこに、ハーメルンの笛吹きが人間の子供達を連れてこの土地にやってきたのです」
表情のない従者は淡々と話を続けていく。

「今となっては、笛吹きがなんのためにこの地にやってきたのかわかりません。
ただ…十字軍の蛮行にすっかり失望した笛吹きは、教会の力の及ばぬこの土地で神の国を造ろうとしたと言われています…。
我が主はその偉大な知識を買われ、この土地の領主になられたのです」

「…その笛吹きは今はどこに?」
カーマインはもっともな疑問を口にした。

「申し訳ございません。
私にはわからないのです」
主に仕えて150年程ですので…と付け加えて深々と一礼し、「カーマイン様…伯爵がお待ちです。こちらでお召し変えくださいませ…」

やがて石畳をカツカツと叩く靴の音と、ぴたりぴたりと吸いつく素足の音は城の奥へ消えて行った。

2006年04月10日

BLOODYROMANCE(30)

「恐ろしく話題の豊富な人物…」
1710年に書かれたフランスの作曲家ジャンの日記に彼はこう記された。

不死の超人、錬金術師、時空の旅人と称された18世紀の怪人…サンジェルマン伯爵。

ルイ15世のダイヤモンドの傷をこともなく修復し、カサノヴァやヴォルテールの友人でもあり、カリオストロ伯爵に錬金術を伝授し、ルイ16世とマリー・アントワネットに国政の危機を説き、1784年2月に死亡したとの記録が残されている。

…しかし、アデマール夫人の回想録によると1785年、伯爵はマリー・アントワネットにフランス革命を予言。

1821年にはインドへ行く彼の目撃談が存在する。

嘗てポンバドール夫人のサロンでキリストやネブカドネザル大王、シヴァの女王と会ったと雄弁に語る伯爵に対し、一人の貴族が不審な面持ちで執事に尋ねた。
「…本当なのかね?」

ロジェと呼ばれた執事はこう答えたという。
「申しわけございませんが存じ上げません」

やはりな…貴族が嗤うとロジェは続けた。
「私は伯爵にお仕えしてからまだ100年程にしかなりませんので…」と。

そして今…馬車は森を抜け、畑を過ぎ、城門を潜って行く。

サン・ジェルマン伯爵は眠りについたカーマインを起こさぬようにそっと黒いカーテンを引き、従者に異国の青年を城内に運び連れてくるよう命じた。

拝命の礼をする従者の姿を背に、石畳を突く杖の音が響き、穏やかな朝の光が恭しく伯爵の影を落としていった。

2006年04月07日

BLOODYROMANCE(29)

カーマインが舞い降り、ゆっくりと立ち上がってゆく様は、深く濃密な緑の闇にふわり…と一輪、白い花が咲いたようだった。
森はまだ闇に包まれてはいるものの、そびえ立つ木々の先端は鮮やかな色彩を取り戻しつつある。

…この森で間違いはない筈だ。

赫髪が左右に揺れる。

同じ色の不安げな瞳に映る世界の端が、突然揺れ動いた。

8つの蹄で大地を踏み鳴らしながら、黒い毛並みを妖しく輝かせた2頭の馬に引かれ、真っ赤な馬車が、緑の色彩を破り、木々の間から飛び出して来たのだ。

鋭く荒ぶったわな鳴きと共に、この世の全ての道を蹂躙出来るのではないか…とすら思える鋼の巨大な車輪がカーマインの傍らでその回転を止めた。

手綱を握っていた整った身なりの従者は、カーマインに向ける表情など持ち合わせていないのであろう。
一瞥もくれず、地面に降り立ち、馬車に回り込んで恭しくその扉を開けた。
「天国の扉」と書かれたその奥で…赤と黒で統一された革張りの椅子に身体を預けた老人がカーマインと瀕死の青年を白濁した両目で、舐め回すように見つめている。

「…夜明けか…。早く乗りなさい…」
老人が杖を床に打ち鳴らすと従者はカーマイン達を主の客と認めたのか、口角を上げて見せる。
感情が微塵も備わっていない不気味な微笑みに招き入れられ、カーマインは枯れた声の老人と対面した。
貴族の服装をした身体に七十前後の老人の頭が乗っており、白い巻き髪のかつらを被っている。

「どれ…診せてみなさい…」
カーマインが抱き抱えた青年の傷口は十字の形を成した火傷によって塞れており、出血は止まっていた。
血の海に溺れていく彼の傷口を塞いだ聖痕を持つ左手はルルドの聖水の力を以て、この奇跡を成したのであろう。
だが、その奇跡は彼の命を繋ぎ止めるまでには至らなかった。青年の横顔には憂いを帯び、悲しみに濡れたカーマインの視線が刺し込まれている。
その瞳を見て老人は思った。

この哀れな不死者は解っているのだ…。
身を挺して我を守ってくれた命はもう助からないことを…。
そして気高い聖者は悟っているのだ。
命は限りがあるからこそ美しく、生きるとはその与奪の連続であることを…。

「…私はサン・ジェルマン。この異国の魂が望むなら、爵位に賭けてそれを叶えて見せよう…」
そして疲れた赫髪を撫でてやり、「さあ…後は私に任せて眠るが良い」と言った。

カーマインは暫く老人を見つめた後、こくり…と頷き、横たわる青年の姿を瞳に焼き付けながら、ゆっくりと目蓋を閉じた。

2006年04月02日

BLOODYROMANCE(28)

カーマインは白い法衣を羽織り、僅かに命の燭が揺れる青年を抱き抱えると一気に跳躍した。
白き一閃が闇を切り裂いた後、東の夜の底辺が漆黒の色を失っていく。

…夜明けが近い!

カーマインは音も無く、青年の宿に降りたち、木の扉を開けた。

素早く部屋に上がり込み、彼をそっとベッドに横たえる。

「魂はまだ身体に留まっている。その男の持ち物に宿る記憶の断片を用いて、魂の定着を成す」
カーマインは先ほど聞いた声を脳裏に思い浮かべながら、それらしき物を探していると、白い布でくるまれた長尺の棒を見つけた。

包みを開けると…。
鞘に収まった剣の様だ。
柄を握り引き抜くと、硬質な音を鳴らし、魂すら切り捨てるであろう磨かきぬかれた刀身が闇に淡く、蒼い輝きを放った。

彼の国の剣なのだろう。
注意深く包み直し、名も知らぬ青年の傍らに置いた。

寄り添うようにして、端正な顔を汚す血を布で綺麗に拭う。

…だが、解っているはずだ…

「…一度失われた命は決して蘇ることはない。再生は神の御技なのだから…。記憶の残る魂を宿した動く人形になるか、新しく生まれ変わって別の命として再生するか。それは彼に選ばせてやれ…」

また…同じ過ちを繰り返そうとしているのだろうか?
聖痕が熱く疼き、痛んだ。

考えている時間はない…。
カーマインは異国の剣と青年を抱き、胸に疼いた念を振り払うように、再び跳躍する。

ピレネーの山麓へ舞い落ちて消えた白い影を追って、朝陽が全ての命の目覚めを祝福するかのように夜の色を白々と薄めていった。


BLOODYROMANCE(27)

…カーマイン?
鮮血に塗れた娘の虚ろな顔が、ゆっくりと声の主を見上げた。
「そうだ。其方の光が差し込まぬ瞳は、絶望に彩られている」

何時の間にか、夜空は暗雲に覆われており、月の輝きも、星々の瞬きも、地上には届かず、闇に飲み込まれていた。

「陽の祝福を受けぬ髪は悲哀の色に染め上げられ、慟哭に打ち震えている…」

闇の漆黒が絞り出したその声は、枯れてはいるが、威厳に満ちていた。

「絶望と悲哀の色を携えた不死者よ…その鮮血の色を以て名乗るがいい」

カーマイン…と。

娘は与えられた名を呟き、再び青年を見つめた。
先程まで希望に温められていた彼の体は、もう冷たくなりかけている。

その頬にそっ…と口づけすると、カーマインは絶望に決意の色を瞳に宿し、闇の声に応えた。
「貴方の城に行きましょう…」と。

2006年03月29日

BLOODYROMANCE(26)

その赫瞳よりも色濃い血飛沫を浴びて、娘は愕然とした。

どっ…と胸に倒れ込んで来たフランス軍の制服を着た小柄な異国の青年は…。

私を庇ってくれたのか…。

この…呪われた私を…。

「貴様…」

ベロリと口元に滴る血を舐め取り、牙をガチリと鳴らして、若き狩人を燃えるような眼光で睨みつける。

「人間を撃ったな!」

「残念だが…」
ヘルシング助教授は全く表情を変えず、銃を背中のホルスターに納めた。

「俺の知った事ではない。そして、闘いに犠牲はつきものだ」

愚かな東洋人め!と言わんばかりに一瞥をくれた後、

「だが…その犠牲に免じて今宵は見逃してやろう」

そう言い残し、闇夜へ消えて行った。

娘は異国の青年を抱え、その顔をじっと見つめた。

吹き出す血が、赫い雨となり、命の炎を消し去ろうとしている…。

不死者…

闇の眷属などと恐れられてはいても…

目の前の燃え尽きようとする、たった一つの命すら救うことすら出来ぬではないか…。

命を啜る骸…。
私にはまさにその言葉がふさわしい…。

死なないで…。

その願いに右の赫瞳の奥底に潜む闇がぞくり…と囁いた。

…ならば…お前のその牙を突き立て、男の血を啜れば良いではないか…。

娘は邪念を振り払うように、青年を強く抱き締めた。

…私の牙は命を食らい、亡者を生み出す闇の牙だ…。命を繋ぎとめる事など出来るものか…。

闇の声は嗤った。

…その男の心も身体も自由に出来るのだぞ…支配こそ我らの…

ぶちゅり…と果実が潰れる様な音の後、忌まわしい声は沈黙した。

瞳の色が流れ出したかの様に、自らの右目を突いた二本の指が赫色に染まっていく。

黙れ…。

したたる血は涙のように青年の顔にぽとり、ぽとりと雫を垂らす。

閉じられていた彼の目蓋が震ながらゆっくりと開き…娘を見つめて呟いた。

…彼の国の言葉なのだろうか…。

娘の頬をゆっくりと持ち上げられた、青年の手が包んだ。

…暖かい…。

左の瞳を閉じて、手を重なり合わせた。

…命って暖かい…。

ふと、冷気が刺し、微笑んだ後、頸はだらり…とその力を失った。

娘は瞳を閉じたまま…みるみる冷たくなっていく手を握りしめたまま…震えている。

名乗るべき名前も…流すべき涙も失い…これから私は何処へ行けば良いのだろう…。

「私の城に、その青年を連れて来るが良い」
枯れた声が彼女に呼びかけた。
カーマインよ…
と。

2006年03月28日

BLOODYROMANCE(25)

突然、胸の内側が張り裂ける様に痛み、瞬く間に心臓は悲鳴を上げ、肺は絶たれた空気を求めて無様に喘ぐ。

突然、襲ってくる発作…。

その間隔は日に日に短くなってきている。

その線がやがて点となった時、自分の命も消えて行くのだ…と霧丸は思った。

苦悶に歪む蒼白い顔に流れ落ちていく冷たい汗…。

蹲り、押さえ切れぬ痙攣に震える身体は、ただ介しゃくを待つ死に体のようであった。

しかし…滞留していた血液が胸の奥でどっ…と音を立てて流れ始めたことを感じると、痛みは薄れ、肺が渇望していた空気が一気に吸い込まれた。

どのくらい時間が経ったのだろう。

ようやく呼吸が整い、霧丸はふらふらと立ち上がった。

両手で顔にべっとりと流れる汗をゆっくりと拭う。

今回は生き延びたという安堵の色と、次回は死に至るかも知れないという恐怖の色が、黒く輝く瞳に浮かんでは消えていく。
借り物のフランス軍服に袖を通し、宿にしている農夫の小屋を出る。

一ヶ月前…。

発作に怯えながらも、パリでどうにか通訳の任務をこなしていた霧丸にフランス方の通訳が、奇跡の水の話を教えてくれた。

マリア様の像が見守る洞窟で懇々と湧き出る水は、病み、傷ついた人々の身体に奇跡を起こし、不要となった松葉杖がその証として入り口に飾られているという。

「君も試してみたらどうだ?」と彼は冗談半分に言った。

しかし霧丸は、その話に希望の光を見いだしたのだ。

母国の神に祈っても、仏に縋っても、病はますます胸を侵食していく…。

ならば…この異国の奇跡に賭けてみよう…。

暇を貰い、ようやくルルドに辿り着き、いよいよ明日の朝にはその奇跡の水を口に出来るのだ。

月光の輝きが入り混じった夜の空気が心地よく胸に染み渡る。

村を出て川沿いに歩きながら、もしも、我が身に奇跡が起こったら…と何度も飽きることなく描いた夢を脳裏に思い浮かべる。

諦めていた刀工をもう一度目指そうか…それとも医者を目指そうか。

人生には無限の可能性がある。この闇空にきらめく星々のように。

大聖堂が見えてきた。

霧丸は落ち着きを取り戻し、明朝に備えてもう少し眠ろうと引き返しかけた。

しかし…青白い輝きの中で対峙する赫い髪の裸身の娘と銃を向ける巨躯の男の姿を認めた時…古の誇り高き侍の血が流れる彼の行動はただ一つだった。

2006年03月26日

BLOODYROMANCE(24) 

鋭い刺を伴った赫い罵声に、その男はマッチの炎を煙草に遷すことで応じた。

チリチリと燃え上がる煙草の先端を見つめていた冷たい目が、赫毛の不死者を一瞥する。

「ヴァチカンの司祭共も地に落ちたものだ…」
白い煙と共に吐き捨てる。

「奇跡の地に信仰なき骸が蠢いている事に気が付かぬとは…」

信仰なき骸と呼ばれた娘は悔しげに左手を震わせ、握りしめた。

「だが、まずは紳士として非礼を詫びよう…」

190センチはあろうかという巨躯が白いシャツと黒い背広を着こなし、襟元には蝶ネクタイ、そしてシルクハットを被っている。

優雅な手つきでをその帽子を脱ぐと胸に押し当て、高らかに名乗った。

「私はエイブラハム・ヴァン・ヘルシング。アムステルダム大学の助教授だ」

そして月光が影を落としかねる程の素早さで、背中に手を回し、木と鉄で造られ、銀の装飾を施された銃を手にとり、屈辱に震える赫毛の娘にピタリと向けた。

「そして、狩人として貴女を葬ろう…」

神よ…。

私はこの身体を燃やし尽くすまで…彼方に捧げました。

赫い瞳が目蓋の中に消える。

塵に帰れとおっしゃるのなら喜んで、そのお言葉に従いましょう…。

左手に宿るジルの犠牲となった子供達の魂がざわざわと不安に震えている。

ですが…我が魂が砕けても…せめて…この子達には再生の道標をお与え下さい…。

「塵は…」
ガチリと劇鉄を起こし、

「塵に帰れ…」引き金に指を掛ける。

それが神の御意思だ…と言い放ち引き金を引いた。

轟音と共に音速で回転しながら飛び出した銀弾は…。

黒い影に遮られて、そこに真っ赤な死華を咲かせていた。

2006年03月23日

BLOODYROMANCE(23)

濡れた赫い髪を月光が艶やかに輝かせている。

流れる水面に入ることはノスフェラトゥにとっては禁忌であるが…聖痕の穏やかな加護の所為なのか、川辺で沐浴程度なら楽しめるようだった。

ルルドに滞在して何年過ぎたのだろう。

洞窟にただならぬ気配を感じた大人達はベルナデッタを問い詰めた。

「白い服を着た女性」「無原罪の御宿り」そして涌き出た水…。
無学であった彼女の言葉をつなぎ合わせた大人達は聖母が聖水をこの地にお与え下さったと勝手に騒ぎ出して、教会を建立し、奇跡を与えてくれるという聖水を求めて世界中から病に苦しむ人々が押し寄せるようになってしまった…。

月明かりに白く輝く背肌からは玉となって水滴が滑り落ち、緩やかで優雅な曲線を描く背筋の両脇には、翼がないのが不思議に思えるほど美しく整った肩甲骨の影が浮き出ている。

ベルナデッタは本当に良くしてくれた…。

呪われたノスフェラトゥだと吐露した後も昼間に休めるようにと、洞窟の奥深くの死角に少しばかりの空間を掘り、服を用意してくれた…。

しかし、彼女はもうここには、いない…。

自分の言葉が奇跡に祭り上げられてしまい、聖人とまで崇め奉られるようになってしまったのだ。

そして…彼女は知っていた。

この聖水は聖者を潤す為の水でまさに奇跡でも起きぬ限り、衆生にとってはただの水に過ぎないことを。

ヌヴェール愛徳修道院へ旅立つ前日、今宵の様な月夜の晩に彼女は微笑みながら「さようなら…」と告げた。
そして、不幸な人々の為にお祈りを捧げますと…。

彼女こそ聖者に相応しいと赫毛の娘は頭を垂れた。

月を見上げ、彼女の息災を祈り…そして、その月を惑わす程の赫い瞳の輝きは、血を見ずに済んだ穏やかな生活の終焉を物語っていた…。

頭だけを振り返って茂みを見やり、細く長い腕を交差させて乳房を覆い隠す。

…ヴァチカンの異端消却者は裸の女を背後から狙うのか?

凜とした声音が月夜が照らす聖なる川辺に響き渡った。

2006年03月21日

BLOODYROMANCE(22)

漆器や美麗な工芸品をつつむ広告紙だった浮世絵が欧州の画家に「想像」という影響を与えた頃、江戸は世界でも屈指の大都市であった。

その江戸が最後の輝きを放っていた1867年。

霧丸はパリの地を踏んだ。

華と詠われたその都には天に聳える石作りの塔や、蒸気を吹き上げる巨大な鉄の機械が唸り、世界中の文明がそこに集まっているような錯覚を覚えた。

ナポレオンV世によって開催されたパリ万国博覧会。

幕府は漆器、工芸細工、そして日本刀を展示するために特使団を渡仏させたのだった。

刀工の一族に生まれた霧丸ではあったが、心臓の病を抱えるようになり、継承を断念。

元来勤勉な彼は師匠でもあった祖父の勧めで適塾にて学問の道を志すようになる。

それから数年…。

今回の博覧会にあたり、日本刀の知識があり、蘭学とフランス語を学んだ霧丸は通訳として一節に加わる事となり…彼が再び祖国の地を踏むことはなかった。


2006年03月20日

BLOODYROMANCE(21)

あなた…誰…?

可憐な少女の声に赫い瞳が目覚め、反射的に後ずさった。

…どれくらい眠っていたのだろう…。


目の前に立つ少女の視線が熱く突き刺さる。

赫毛の娘は恥ずかしさのあまり俯いた。

白かった法衣は泥と血にまみれ、ボロボロであった。

埃だらけの口元に血の跡がついていないか…と思わず手で拭う。

そして気づいた。

左手の聖痕に宿る魂が穏やかに落ち着いていることに…。

そう言えば今は日中の筈であるのに洞窟の暗さの所為だろうか…

あの焼かれるような痛みがない。

ふと、地面が蒼く輝いているように見え、そこを手で堀ってみる。

面白そうに見えたのか…
少女も一緒にそこを掘り始めた。

時折咳き込みながらも夢中になって掘り進める彼女の横顔に生命の息吹を感じ、久しぶりに笑みがこぼれた。

やがて、泥の混じった水が染みだし、少女は嬉しそうに笑った。

赫い髪の娘も少女を見つめて微笑んだ。

その水に浸された聖痕のついた左手から湯気が上がり、傷が癒されているようだった。

…聖水か…。

ノスフェラトゥには苦悶を与える水であるが、聖痕に宿る幼い魂には潤いと安らぎを与えてくれるようだ…。

少女が尋ねた。

「貴女…お名前は?」

赫い髪の娘は戸惑った。

名前など、とうの昔に捨て去ってしまっていたからだ。

「…嘗て無原罪の御宿りの御使いだった者です…」

今は…。
赫い眼が伏せられる。

「訳あって咎人となっていまいました…。どうか私の為にお祈りください…」

少女は目を閉じ、両手を組んで疲れた魂が癒されるように祈った。

少女の名はベルナデッタ。

1858年…ここは南フランスのピレネー山麓にあるマッサビエルの洞窟。

後に泉涌くルルドの洞窟と言われる場所での出来事であった。


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