めっちゃ高い自転車で京都市内をうろうろしたいなあ

2006年08月29日

BLOODY ROMANCE

樹齢二千年を超える大樹が丘から石畳の広場を見下ろしている。
人間の営みなど所詮小さなものに過ぎぬのだと。
だがしかし脆くはかないからこそ、絆は強固に紡がれてゆくのだと。

嘗て殺戮と破壊の舞台となった広場には千人ほどの老若男女の領民達が集い、夕日が染めた
金色がやがて橙色に変わる頃、祭りは死者を慰める黙祷から始まった。

つい先ほどまで嬉しそうにアリエッタとの思い出話に華を咲かせていたアデルも
今は神妙に祈りを捧げている。
数年前に亡くなったという祖母のためなのだろう。
滲んだ雫がアデルの横顔に茜色の輝きが伝っていく。

そして放たれた鳩の白い羽ばたきが一瞬夕空を覆い尽くし、やがて眩しい光の中に飲み込まれていくと笛と太鼓が陽気な音を奏で出した。

お祭りの始まりだ。

この世のすべての色が揃えられたような皿には新鮮な果実と野菜が更に彩りを加え、
飴色にローストされたチキンや、桜の香りがする燻製肉が並べられた長いテーブルには人々が群がり、アデルもそこで頬を膨らませながら食事と歓談を楽しみ、にっこりと微笑んでいる。
私もアデルに引っ張り回されながらお祭りに興じていた。

酒を飲んで陽気に歌って踊っているうちに、何時の間にか茜色の輝きは闇の底に沈んで宝石のような瞬きが藍色の空に散りばめられている。

人々の享楽と星々の瞬きの間にそのピアノは置かれていた。
誰もがハンマーが弾く弦の音を楽しみ、華麗な演奏にもそうでない戯れにも惜しみない拍手と歌が注がれている。
「うふふっ!おじさま。私も少しは弾けるのよ?」
何時の間にか私をおじさま呼ばわりするようになったアデルはピアノの前にちょこんと座り、やがて三つ編みと身体を揺らして演奏を始めた。
聴いた事がない曲であったが、明るい調子に乗せた歌声は広場の隅々にまで届き、拍手喝采で皆が応える。
時折目を閉じて恥ずかしそうに鍵盤を叩く彼女の奏法は私の娘にそっくりだった。

娘も娘の為に買ってやったピアノも今は他人となった妻の所へ行ってしまった。
仕事ばかりで父親らしいことなど何一つしてやれなかった。
唯一の絆がピアノだったとは、なんと情けない父親だったのだろう。
「どう?おじさま?楽しい曲だったでしょう?」
そう言ってアデルはにっこり微笑んだ。

「…私も弾いてみようか?」
その言葉は少し予想外だったようだが、アデルはすぐに悪戯っぽく微笑んで
「おじさま弾けるの?」
と嬉しそうに私をからかった。

奇妙な服装の異世界の住人が壇上に設けられたピアノの前に座ったからであろうか。
領民達の耳目が一斉に注がれ、祭りの熱気が数度下がったようだった。
ピアノは18世紀に原型が発明され、19世紀には工業製品化されて世に広まることとなった。
目の前のピアノはどうやら、19世紀後半の代物らしい。
力を抜いて指先をそっと鍵盤に置き、息を吐いた後に一気に娘のお気に入りだった楽曲の記憶を叩き込んだ。
会社の余興に覚えた曲だったが、娘はなぜかこのサンバのリズムを聴くと笑い転げて一緒に歌ったものだった。
「ブラジル」など当然初めて聴くのであろう。
領民達は呆けたように顔を見合わせていたが、それも暫しのことでいつの間にか皆踊りに興じている。

演奏が終わるとアデルが手を叩きながら、壇上に上がってきた。
彼女だけではない。
すっかり打ち解けたのであろう、顔を朱に染めた酔っ払いがぶどう酒を勧めてくれ、頬を緩ませたご婦人が肉料理を勧めてくれた。
皆が笑っている。私もその中心で笑った。
こんなに笑ったのは久しぶりだった。
そのままお祭りは最高潮を迎えようとしていた。

「……おじさま」
アデルが少し寂しそうに微笑みながら、私に声をかけて来た。
その華奢な腰のあたりにサッカーボールほどの大きさの輝きがキラキラと輝いている。
「そろそろお別れの時間だって。霧丸先生が」
彼女の周りをゆっくりと漂う鬼火は私の案内役であった。
「……そうか。お別れか」
「さようなら…おじさま」
鬼火はフッとアデルから離れ、別離を促す。
「ああ…アデル。いろいろ有難う」

さようなら…。
お祭りの音楽が少し止み、皆が手を降り始めた。
酒を愛する者はグラスを掲げ、そうでない者は両手を掲げている。
有難う…。さようなら…。
私も両手を掲げ、惜別の気持ちを乗せて思い切り振った。
そして、鬼火に導かれて森に向って歩みを進めていく。

広場の輝きはだんだん小さくなり、森の裾に達したとき
「おじさまー元気でねー!」とアデルの声がここまで聞こえてきた。
「アデルも達者でな!皆に宜しく!」と私も応えたが、彼女のような破壊的な大声ではないので広場まで届いたかどうかは判らなかった。

その刹那、輝きが夜空に打ち上げられて星々の瞬きを霞めるほどの鮮やかな色彩をばら撒いた後、静かに消えていった。
……花火だ。
何発も何発も放たれるその光は闇空に輝いて、地上に立つ物の影を落としている。
その中で塔の影が長く伸び、その頂点に座る人影に私は気がついた。
昨晩、壮絶な戦いが繰り広げられたその石塔は修理が進んではいるが、屋根は崩れたままであった。
その屋根の瓦礫に座り、広場を見つめるその姿を夜に放たれた色彩が浮かび上がらせていく。
赤い髪は夜風に吹かれ、様々な輝きを吸い込んで尚紅く輝くその瞳。
白銀の甲冑につつまれたその娘の姿は…。
永久の闇のなかでウリエルの業火につつまれながら、この地を照らすという列福の不死者。
「カーマイン…」
私は思わず叫んでいた。
「私を…私もここで暮らせないだろうか?!現世に帰っても、もう私の居場所などどこにもないんだ!」

彼女はその叫びに一瞥もくれることなく、領民の集う広場を見つめていた。
だが、霞みに包まれる寸前に脳裏に染み渡ってきた彼女の言葉を私は生涯忘れることはないだろう。



この記事へのコメント
ああ…大好きだったブラロマが終わってしまう…淋しいなあ…でも!ここは襟を正してカーマインの最後の言葉を待ちましょう…。
Posted by 旭 at 2006年08月29日 20:21
はぅぅぅ…。
終っちゃいますねぇ…。
寂しいですぅ…。
オイラも、この世界で暮らしたいですぅ…。
でも、それは出来ません。
オイラも旭さんと同じく、正装をして正座をしてその時を待とうと思います。
Posted by sunafkin at 2006年08月30日 02:57
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